20. “無数の腕に分かれた脳”『マダコ』という愛に執着する知性

『マダコ』のイラストは現在準備中です | きよまる魚図鑑

海に棲む生き物の中で、最も「手触り」を感じさせる存在は何でしょうか。


魚の流線形でも、貝の硬い殻でもなく、私は迷わずマダコだと思います。


ぬるりとした皮膚、柔らかく伸びる腕、無数の吸盤。
マダコは、海の中で「触れること」を生き方そのものにしている生き物です。

真蛸(マダコ)という漢字の「真」は、「本物」「正統」という意味を持ちます。


日本近海に棲むタコの中でも、最も代表的で、もっとも“タコらしいタコ”がマダコである、という位置づけです。

▪️8本の腕それぞれに脳がある!?タコの驚くべき知性

古くから日本人にとって、タコと言えばマダコでした。


食文化、漁法、物語、どれを取っても、この生き物は日本の海と深く結びついています。

マダコの体は、骨を持ちません。
その代わり、驚くほど柔軟な筋肉の集合体として成り立っています。


岩の隙間にも入り、壺にも入り、時には信じられないほど狭い穴を通り抜けることができます。

そして何より特徴的なのが、八本の腕と吸盤です。

マダコの知性を語るとき、どうしても外せないのが「脳が頭だけにない」という特異な構造です。


マダコの神経細胞(ニューロン)の約半分以上は、実は腕の中に分散しています。


つまり八本の腕は、単なる“手足”ではなく、それぞれが小さな脳のような役割を持っているのです。

一本一本の腕は、触覚と味覚の両方の役割を果たし,ある程度までなら中枢の指示がなくても独立して動きます。


岩の隙間を探り、餌を探し、触れたものを識別し、危険を避ける。


まるで「意志を持った触手」が八本集まって一体の生命を形づくっているようです。

この構造は、魚や人間とはまったく逆です。


人間は「ひとつの脳が全身を支配」していますが、

マダコは「八つの小さな脳が協調して一つの意志をつくる」生き物です。

▶︎アオリイカ(魅惑を宿す美しさ”の象徴)

▪️触って世界を理解する

マダコは「触って世界を理解する生き物」です。


目で見るだけでなく、触れて、確かめて、抱え込む。


それはまるで、不安を消すために何かにすがるような生き方にも見えます。


何も掴んでいないと、どこか落ち着かない。
そ

んな性質が、マダコにはあるように思えてなりません。

マダコは非常に賢い生き物です。
道具を使うことができ、瓶の蓋を開け、迷路を解き、記憶力も高い。


しかし、群れで生きることはありません。


基本的には単独行動で、巣を構え、自分のテリトリーを持ちます。


孤独でありながら、触れることを強く求める。


この矛盾した性質が、マダコの魅力でもあります。

獲物を捕らえるときも、マダコは抱きつきます。


一瞬で腕を伸ばし、相手を包み込み、逃がさない。


吸盤で密着し、離れない。その姿はどこか「執着」にも似ています。

▪️宇宙人?悪魔の化身?

この「知性の高さ」と「異形の身体」が組み合わさることで、
マダコは海外ではしばしば“異界の存在”として語られてきました。

ヨーロッパや北米の文化圏では、

多数の腕

吸盤

形を自在に変える身体

驚くほどの知性

これらが合わさり、
マダコはしばしば
「宇宙人」「深海の怪物」「悪魔の化身」のイメージで描かれてきました。
それは恐怖でありながら、同時に畏敬の対象でもあります。

人間に似た知性を持ちながら、人間とはまったく違う形で世界を認識している。


その“理解できなさ”が、タコを悪魔や宇宙的存在として想像させるのです。

短命で、
賢く、
異形で、
そしてどこまでも触れ合おうとする生き物。

マダコは、人間が「他者」を理解しようとするときに生まれる、
憧れと恐れ、愛と距離、そのすべてを映し出す鏡のような存在なのです。

▶︎マンボウ(誤解されやすい存在)

▪️愛執と重なるマダコの性格

一度触れたものを、簡単には手放さない。


それは生存戦略でありながら、どこか感情的にも見える動きです。

仏教でいう煩悩のひとつに「愛執(あいしゅう)」があります。


愛すること、求めること、つながりに執着してしまう心。


マダコの生き方には、この愛執の影がほんのりと重なります。


何かに触れ、抱き、確かめていないと落ち着かない。
離れることができない。


それは弱さではなく、「生きている証を触覚で確認している姿」にも見えます。

▪️マダコを獲る漁師の知恵

西日本の海では、マダコは身近な存在です。


瀬戸内海、九州沿岸、山陰地方。
潮の穏やかな岩礁帯や砂地に多く生息し、昔から漁の対象となってきました。

代表的な漁法が「タコ壺漁」です。


素焼きの壺を海底に沈め、タコが中を住処と勘違いして入り込む習性を利用します。


マダコは狭くて暗い場所を好むため、壺は格好の隠れ家になります。


ここにも「包まれること」「囲われること」への安心感が見えます。

底引き網や刺し網、磯だこ漁など、地域によって漁法はさまざまですが、


どれもマダコの習性をよく理解した上で成り立っています。


人とマダコは、長い時間をかけて互いの性質を読み合ってきた関係です。

▪️日本の食文化に根付くマダコの美味しい食べ方

そして、マダコは日本の食文化の中で、地域ごとに実に多彩な料理へと姿を変えています。

・関西圏では、

「たこ焼き」、「明石焼き(玉子焼き)」

が圧倒的な存在感を持っています。
明石ではマダコを「明石ダコ」と呼び、潮の流れの速い海で育った身の締まりを誇りにしています。明石焼きは、だしにつけて食べることで、マダコの旨味を静かに引き立てる料理です。

・兵庫・大阪では、

「酢だこ」、「煮だこ」


が祝いの席や正月料理として定番です。「多幸(たこう)」の語呂合わせもあり、縁起物として扱われます。

・岡山・香川など瀬戸内地域では、

「たこ飯」、「たこ天」、「たこの柔らか煮」

など、家庭料理としての浸透度が非常に高いです。
特にたこ飯は、だしと一緒に炊き込むことで、噛むほどに甘みが広がるマダコの特性を最大限に活かしています。

・九州北部では、

「たこ刺し」、「たこしゃぶ」

も好まれます。新鮮なマダコは刺身にすると甘みが際立ち、しゃぶしゃぶでは火を入れる一瞬で身が花のように開きます。

マダコの身は、噛むほどに甘みが出ます。


最初は淡白なのに、噛み続けると旨味が増していく。


これもどこか、執着のようです。


すぐには答えをくれず、関わり続けることで深くなる味わいです。

▪️産卵すると死ぬ!? 高い知性は子孫を残す為

マダコの生涯は、実はとても短いものです。


多くの個体は1年から長くても2年ほどで一生を終えます。


あれほど知性が高く、学習能力があり、環境に適応する力を持ちながら、


生きる時間は驚くほど限られているのです。

特に印象的なのが、繁殖後の姿です。


メスは産卵すると、卵を守るためにほとんど餌を取らなくなり、

卵が孵化する頃には衰弱し、やがて命を終えます。

餌をほとんど食べず、卵に水を送り、汚れを取り、


孵化するまでひたすら守り続け、やがて命を終えます。


この献身的な行動は、タコの生態の中でも最も胸を打つ部分です。

触れ、抱き、守り、離れない。


マダコの一生は、その繰り返しです。


オスも交尾後まもなく死を迎えます。


まるで「すべてを次の命に渡し切るために生きる」かのような存在です。

人間の「愛執」は、時に苦しみを生みます。


執着しすぎて傷つき、失うことを恐れ、手放せなくなる。


けれど、マダコの姿を見ていると、
「執着すること」そのものが、


生き物としての自然な営みなのではないかとも思えてきます。

▪️終わりにーー触れたい、守りたい。タコの愛執と知性に学ぶ

触れたい。
守りたい。
つながっていたい。

その気持ちがなければ、命は続かないのかもしれません。

マダコは、海の中でそれを最も純粋な形で体現している存在です。


愛執という言葉の中にある苦しさよりも、


その奥にある「生きようとする本能の濃さ」を、


この生き物は静かに見せてくれます。

もしマダコを食べるとき、


ただの食材としてではなく、
触れることで世界を確かめ、


抱くことで生をつないできた存在だと想像してみてください。

噛むほどに味が出るように、


思いを重ねるほど、


この生き物の深さが、

じわりと伝わってくるはずです。

マダコは、「愛することから逃げられない生き物」


そのまっすぐな姿を、

海の底で今日も静かに生きています。

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《参考文献・出典》

 
KAMBA