21. “日常食卓の定番” 『マサバ』は、集団で生きる静かな主役
マサバは、私たち日本人にとってあまりにも身近で、
あまりにも当たり前の魚かもしれません。
焼き魚、味噌煮、しめ鯖、竜田揚げ、缶詰。
どれをとっても生活の中に深く溶け込んでいます。
マサバは、派手さや希少性で勝負する魚ではありません。
けれど、安定して、確実に、そして大量に人々の食卓を支え続ける存在です。
その在り方には、声高に主張しないけれど「揺るがぬ自負」が宿っているように思えます。
▪️海中で、青く光る背中
「鯖」という漢字は、魚偏に「青」と書きます。
これはその体色が青く光ることに由来するとされています。
実際、マサバの背は深い群青から黒青色に近く、海の中で鋭く締まった線のように輝きます。
その色は、主張しすぎず、しかし決して弱くない。
まるで「自分の強さを知っている者」の色です。
マサバは回遊魚であり、非常に高い遊泳能力を持っています。
群れで高速移動し、餌となるプランクトンや小魚を追いながら、広い海を横断して生きています。
群れの中での秩序は厳しく、動きは一糸乱れず、まるで巨大な生物のように振る舞います。
▪️マサバの産卵
マサバは春から初夏にかけて産卵します。
主な産卵期は3月~6月頃で、海水温が15~20℃前後になると南方の暖かい海域で産卵行動に入ります。
日本周辺では、東シナ海・九州西方沖・太平洋南岸などが代表的な産卵場です。
マサバは一度に数十万粒という卵を放出する「多産型」の魚で、
卵は海中に漂う浮性卵として流されながら孵化します。
この時期のマサバは、
・卵に栄養を送るため
・体力を産卵に使うため
脂が落ちやすく、身もやや痩せます。
逆に、産卵が終わった後から秋~冬にかけては、体力回復のために盛んに餌を食べ、脂を蓄え始めます。
いわゆる「旬のサバ」「寒サバ」と呼ばれる状態は、産卵を終えた後の“回復期の完成形”です。
つまりマサバの脂のノリは、
産卵前 → やや控えめ
産卵期 → 落ちる
産卵後~冬 → 最高潮
という生理リズムに沿って変化しています。
▪️まき網漁業とマサバの関係
とくに、マサバは「まき網漁業」における主役の魚です。
まき網漁業とは、魚群探知機などで群れを見つけ、大型の網で魚群を囲い込み、一気に引き上げる漁法です。
マサバは群れを作る性質が強く、この漁法に非常に適しています。
そのため、日本各地のまき網漁業において、マサバは会社の事業を支える“基幹魚種”となっています。
■ マサバの回遊性とマサバ漁が盛んな地域
マサバは典型的な回遊魚で、季節によって水温と餌を追って南北に大きく移動します。
日本列島の沿岸を“帯のように”移動する魚で、
・春~夏:北上
・秋~冬:南下
この動きがそのまま脂ののりに直結します。
寒い海で餌をたっぷり食べ、筋肉を動かしながら回遊することで、
・身が締まり
・脂が細かく
・香りが強くなる
つまりマサバの脂は「海をどれだけ旅したかの履歴書」でもあります。
ここで、西日本でマサバ漁が盛んな地域をご紹介してみましょう。
・長崎県(五島列島・対馬周辺)
対馬暖流と外洋がぶつかる場所で、脂のりと身質のバランスが良い。
・福岡県(玄界灘)
潮が速く、運動量の多いマサバが多い。身が締まり、鮮度勝負の刺身向き。
・山口県(日本海側)
寒流の影響を受ける冬場のサバは脂が深く、焼き・味噌煮に向く。
・鹿児島県(東シナ海)
南寄りだが回遊の要所で、群れの規模が大きく、まき網漁業の主戦場。
更に、西日本のマサバは、回遊距離が長い為、
・脂が細かい
・香りが澄む
と言う特徴があるのに対し、
三陸沖のマサバは、運動量が比較的少なく、
・脂が重く
・甘さが強い
と言う特徴があります。
つまり西日本のマサバは「脂の量より質」で勝負するタイプになりやすいのです。
■ マサバの代表的な料理
・刺身
鮮度が高いマサバは生食が可能で、特に西日本では「生サバ文化」があります。
脂が舌でほどけ、血合いに鉄分の香りが立つのが本物のマサバ。
回遊魚らしい力強さがそのまま味になります。
・しめ鯖
マサバ料理の王道。酢で締めることで脂が引き締まり、香りが際立つ。
良いマサバほど、締めても身が崩れず、透明感が残ります。
・塩焼き
皮目の香ばしさと脂の滴りが最大の魅力。
強火で焼くことで、回遊魚特有の香りが立ちます。
・味噌煮
脂と味噌の相性が抜群。
特に冬場のマサバは、味噌煮でこそ真価を発揮します。
・竜田揚げ・フライ
若いマサバや脂が軽めの個体に向く調理法です。
■ マサバとゴマサバの違い
誤解されやすいマサバとゴマサバの違いについて、ここで簡単に説明しておきます。
・マサバ
学名:Scomber japonicus
回遊性が強く、脂が乗りやすい
刺身・しめ鯖・焼き向き
・ゴマサバ
学名:Scomber australasicus
回遊範囲がやや狭く、脂が少なめ
身がさっぱり、火を通す料理向き
見た目の違いもあります。
・マサバ
腹側に斑点がない
体色がやや青く、締まって見える
・ゴマサバ
腹側に黒いゴマ状の斑点がある
全体に色が薄く、やや柔らかい印象
味の違い:
・マサバ
脂が強く、コクがある
しめ鯖・刺身で評価が高い
・ゴマサバ
脂が軽く、あっさり
塩焼き・煮付け向き
食卓では「サバ」と一括りにされがちですが、
漁師と料理人は完全に別の魚として扱っています。
ちなみに、福岡名物の「ゴマサバ」は“ゴマサバという魚”を使っているわけではありません。
ほとんどの場合、福岡のゴマサバ = マサバ(真鯖)を使った料理です。
「ゴマサバ」の“ゴマ”は魚の種類ではなく、
胡麻ダレ(すり胡麻・醤油・みりん・砂糖など)をたっぷりかけて食べる調理法から来ています。
つまり、
魚種:マサバ
料理名:ゴマサバ
という関係です。
▪️集団でこそ主役となる
マサバは決して「高級魚」と呼ばれる存在ではありません。
市場価格も比較的安定しており、日常の食卓にもっとも身近な魚のひとつです。
しかし、海の中でのマサバは、静かに、そして確実に「主役級」の役割を担っています。
マサバは膨大な数で回遊し、海の中に巨大な生命の流れをつくります。
その群れは、イカナゴや小型魚を食べ、
同時にマグロ、カツオ、ブリ、サメ、クジラなどの大型捕食者に命を渡します。
つまりマサバは、海の食物連鎖の中心に位置する“要の存在”なのです。
一匹一匹は小さく、特別に高価でもないのに、
集団になることで海全体のエネルギー循環を支えています。
マサバは高級魚ではありませんが
日本の食文化を根底で支えてきた魚です。
塩焼き、味噌煮、しめ鯖、干物、缶詰と、
形を変えて多くの家庭に入り込み、
「当たり前の美味しさ」を作り続けてきました。
特別ではないことこそが、特別だったのです。
マサバは主役であろうとしません。
しかし、いなくなった瞬間に海も食卓も成り立たなくなります。
静かに群れとして海を動かし、
文化を動かす存在。
マサバとは、集団でこそ主役になる魚なのです。
▪️終わりにーー静かな慢心を宿す存在
マサバは決して自分を誇らず、
群れの中に溶け込みながら海を支えています。
しかしその存在はあまりに当たり前で、
知らぬ間に
「自分たちが海の中心だ」
と錯覚してしまうほどの力を持つ魚です。
静かな慢心を宿し、
主役であることを自覚しないまま、
海の舞台を動かし続ける。
マサバは、
そんな存在だと言えるでしょう。