22.“止まれない群れ” が海のリズムを作る。日本の定番食『マアジ』

『マアジ』のイラストは現在準備中です | きよまる魚図鑑

スーパーの鮮魚売り場、定食屋のアジフライ、港町の朝市。

どこにでもいて、当たり前のように食卓に並ぶ魚がいます。

マアジーー真鯵という魚は、日本人にとってあまりにも身近な存在です。

しかし海の中でのマアジは、「当たり前」どころか、海のリズムを作る重要な歯車のひとつです。
素早く泳ぎ、群れを成し、常に何かに急かされるように動き続ける。
その姿には、どこか人間の“せっかちさ”“落ち着かなさ”が重なって見えます。

マアジはとても「動き続ける魚」です。
生態・回遊性・群れの性格を一言でまとめるなら、

「止まることを知らない、小さな集団エンジン」

今回は、そんなマアジを詳しく見ていきましょう。

▪️漢字「鯵」の由来

「鯵」という漢字は、魚偏に「参」と書きます。

「味が参るほど良い」という意味が込められた当て字とされる説もありますが、

「参」は、もともと

・入り交じる
・集まる
・重なる
・たくさん集う

という意味を持つ字です。

つまり「鯵」という字は、「群れて集まる魚」、「たくさん寄り集まる魚」という意味を非常に強く含んでいます。

実際のマアジの生態を見ると、

・大きな群れを作る
・数万~数十万匹単位で行動する
・群れ全体で動いて身を守り、餌を取る

という特徴があり、漢字の意味と完全に一致します。

▪️マアジの身体は「動くため」にできている

マアジの体は非常に合理的です。細長く、側扁し、尾ビレは鋭く二又に分かれています。
これはすべて「速く泳ぐ」ための形です。敵から逃げるとき、餌を追うとき、群れで移動するとき。
マアジは一瞬の判断と反射で方向を変え、流れるように動きます。
止まるという選択肢が最初から存在しないかのような魚です。

安全な場所に留まるよりも、群れとともに動き続けることで生き延びる魚。

それがマアジなのです。

■ 群れの性格──一匹では弱く、群れで強く
マアジは単独ではほとんど行動しません。常に群れを作り、巨大な塊として海を移動します。

群れの中では、
・一匹の判断が
・全体の方向を変え
・一瞬で巨大な動きになる

この構造は非常に緊張感があります。
誰かが少しでも遅れれば捕食され、誰かが迷えば群れが乱れます。

だからマアジは、
「立ち止まらない」
「迷わない」
「遅れない」
という性質を身に刻み込んだ魚なのです。

▶︎イカナゴ(大型魚へ命をつなぐ“中間層の要”)

■ マアジの回遊性と西日本の漁場
マアジは沿岸回遊魚です。水温や餌の状況に合わせて、季節ごとに移動します。

西日本では特に以下の海域が重要です。

・玄界灘
潮流が速く、身が締まりやすい。香りが立つので、刺身やタタキ向きのマアジが多い。

・豊後水道
プランクトンが豊富で、脂と旨味のバランスが良い。甘みが出やすく市場評価の高いアジが集まりやすい。

・瀬戸内海
比較的穏やかな海域で、身質が柔らかい。干物や南蛮漬け向き。

・日本海側
寒流の影響で身が締まりので、特に冬は味が深くなり“化けるアジ”となることも。

同じマアジでも、「育った海」で性格も味も変わるのが面白さです。

■ まき網・定置網とマアジ
まき網は「群れを探して囲う漁」です。

魚群探知機で群れを探し、見つけた瞬間に船団で網を回して一気に囲い込みます。

マアジはこの漁法に非常に向いています。

理由は、
・群れが密集する
・動きが速くても群れが崩れにくい
・一定水深を保って泳ぐ
からです。

まき網で獲れるマアジは:

  • 大量

  • サイズが比較的揃う

  • 流通向き

  • 加工向き(干物・フライ・南蛮漬け)

つまり「食卓を支えるアジ」です。

価格は高級ではありませんが、供給の安定性が高く、日本のアジ文化を土台から支えています。

まき網で獲れるマアジは、「集団で価値を持つ魚」という性格がとても強く出ます。

▶︎マサバ(まき網漁業の基幹魚種)

定置網は「回遊してくる魚を待つ漁」です。

海に網を仕掛け、潮に乗ってやってきた魚が自然に入るのを待ちます。

マアジは回遊魚なので、季節や潮次第でまとまって入ります。

定置網で獲れるマアジは:

  • 魚が傷みにくい

  • 網の中で暴れにくい

  • 鮮度が非常に高い

  • 活け越しが可能

刺身向き、寿司向きになります。

とくに玄界灘・豊後水道・日本海側の定置網のマアジは、「生食用アジ」の主役です。

まき網が量の漁なら、定置網は質の漁です。

まき網のマアジは「社会を支えるアジ」。

定置網のマアジは「一匹で語れるアジ」。

この違いはとても美しい対比です。

▪️マアジの食文化

⚫︎生の文化:刺身・たたき・なめろう

特に九州・日本海側・房総半島などでは、「アジは刺身で食べる魚」という認識が強い地域があります。

・透明感のある身
・血合いの赤
・脂が控えめで香りが立つ

マアジは「海の香り」を最も素直に伝える魚です。

なめろうは漁師文化から生まれた料理で、
・味噌
・生姜
・ネギ
・大葉
などを叩き込み、船上で手早く食べるための知恵でした。

⚫︎干物文化:日本の保存食の原点

アジは干物の王様です。

・真アジの開き
・丸干し
・一夜干し

水分を抜くことで
・旨味が凝縮
・保存性が向上
・焼いた時の香ばしさが最大化

「日本の朝ごはん」の象徴でもあります。

⚫︎揚げ物文化:アジフライの存在

ここ数年で、アジフライは明確に“再評価”されました。

かつては:
「定食屋の脇役」
「安価なフライ」

今は:
「料理人が本気で作る主役料理」

になっています。

良いアジフライは、
・衣が薄い
・身が厚い
・油が軽い
・中がふっくら
・魚の香りが残る

つまり、「揚げているのに生の個性が残る」という矛盾した完成度が求められます。

特に長崎・松浦・五島・玄界灘周辺では
“アジフライ聖地”
という言葉すら生まれています。

これは偶然ではありません。
定置網や一本釣りで獲れる高鮮度アジが集まる地域だからです。

アジフライは今や「安い魚の代名詞」ではなく、「素材勝負の料理」へと進化しました。

⚫︎南蛮漬け・酢の文化

マアジは酸との相性が抜群です。

・南蛮漬け
・エスカベッシュ
・マリネ

脂が強すぎないからこそ、酢と油の両方を受け止められます。

ここにもマアジの中庸性があります。

▪️マサバ・イワシとの対比

マアジと並び立つ大衆魚といえば、マサバといわしです。

ここで少しこの3大大衆魚の性格を分類しておきましょう。

● マアジ
・動きが早い
・反応が鋭い
・環境に即座に適応する
・小回りが利く
・単体でも群れでも成立する

人間でいうと「仕事が早く、判断が早い現場タイプ」

急心を持ちながらも、軽やかで無理がない存在です。

● マサバ
・大群で動く
・回遊距離が長い
・群れそのものが巨大な存在感
・海の中で“量”と“力”を持つ

人間でいうと「巨大組織を動かしている無自覚な中心人物」

主張しなくても中心にいる。そんな存在です。

● イワシ
・極端な大群
・単体では脆い
・常に捕食される側
・でもいなくなると海が崩壊する

人間でいうと「名前を持たないが世界を支えている存在」

性格というより「役割そのもの」です。

味に関しても、マアジはマサバほど脂が重くなく、イワシほど儚くもありません。

・マサバ:豪快・主役級
・イワシ:儚さ・群衆性
・マアジ:機敏・均衡型

マアジは「真ん中の魚」です。
突出せず、しかし欠けると困る。その存在が、日本の食卓を支えています。

■ 最後にーー止まれない心とマアジ
マアジは止まれません。
群れとともに、潮に急かされ、
今日も海を走り続けています。

急心とは、
「早く行かねば」
「遅れてはならない」
「今を失ってはならない」
という衝動です。

マアジはその衝動を、
生き方そのものとして背負った魚です。

しかしその焦りは、
結果として海を支え、
人の食卓を支え、
文化を動かしています。

▶︎サンマ(急ぎ続ける魚)

焦りの衝動は、
未熟さであると同時に、
前へ進む力でもある。

マアジは教えてくれます。
「落ち着かない心もまた、世界を動かす一つのエネルギーなのだ」と。

静かに、群れで、
今日も海を走る魚。
それがマアジです。

▶︎ 西日本の海に生きる魚たち一覧(ブログトップ)

《参考文献・出典》

 
KAMBA