87. 『サケ』世界を旅して故郷へ帰るオレンジ色の旅人
川で生まれた小さな魚が海へ下り、何千kmもの大海原を旅して大きくなる。
そして数年後、再び自分が生まれた川を目指して帰ってくる。
サケほど「帰る」という行動が一生そのものになっている魚は、そう多くありません。
彼らの一生を眺めていると、海へ出ることが目的だったのか、帰ってくるために海へ出たのか、分からなくなってきます。
生態──川から海へ、そして再び川へ
日本で見られるサケの代表格シロザケは典型的な遡河回遊魚です。
川で孵化した稚魚は春になると海へ下り、沿岸域を経て北太平洋へ移動します。
その後、オホーツク海、ベーリング海、アラスカ湾など広大な海域を利用しながら成長し、多くは3~5年ほどで成熟します。
海では動物プランクトン、オキアミ類、イカ類、小型魚類などを食べます。
そして成熟すると、日本系シロザケは再び日本沿岸へ戻り、自分の出生河川を目指します。
これが有名な母川回帰(ぼせんかいき)です。
「生まれた川を覚えている」と表現されますが、川の「住所」を頭で暗記しているというより、身体の感覚系に故郷への手掛かりを残して海へ出ていくのです。
なぜ帰ってこられる?──身体に残された故郷の記憶
サケ科魚類では、降海前後の時期に河川の匂いを学習する嗅覚刷り込み(olfactory imprinting)が母川回帰に関係すると考えられています。
川には溶け込んでいるアミノ酸などさまざまな化学物質があり、その組成は流域の地質や生物環境によって異なります。
成魚になったサケは沿岸へ戻ると、こうした嗅覚情報を利用して河川を識別します。
ただし100%全員が出生河川へ戻るわけではありません。
一部は別の河川へ遡上する迷入(straying)を起こします。
一見すると失敗のようですが、進化的には重要です。
全個体が完全に同じ川だけへ戻れば、その川が災害などで繁殖不能になったとき、集団全体が大きな打撃を受けます。
少数が別の川へ入ることで、新しい繁殖集団が形成される可能性があります。
帰る力と、少しだけ間違える力。
その両方が、サケという種の存続を支えてきたとも考えられるのです。
サケとマスは何が違う?──実は境界線がかなり曖昧
ここは日本語の魚名で特に混乱しやすいところです。
「サケは海へ行く魚、マスは川に残る魚」と説明されることがありますが、分類学的にはそんなに単純ではありません。
サケもマスもサケ科(Salmonidae)に属し、日本で身近なものの多くはサケ属 Oncorhynchus に含まれます。
例えば、
シロザケ=サケ
カラフトマス=マス
サクラマス=マス
ですが、すべて Oncorhynchus の仲間です。
さらに面白いのがサクラマスとヤマメです。
両者は基本的に同じ種 Oncorhynchus masou で、海へ下って大きく成長する降海型を「サクラマス」、河川に残る陸封・河川残留型を「ヤマメ」と呼び分けます。
ニジマスも Oncorhynchus mykiss です。
つまり「サケ」と「マス」は、生物学的に二つへ完全分離された分類群ではなく、日本の歴史、生活史、外見、利用文化などによって形成されてきた呼び分けでもあります。
英語のsalmonとtroutにも似た曖昧さがあります。
だから、「サケとマスは何が違う?」への一番正確な答えは、「分類学的には明確な一本線を引けない」になります。
繁殖──帰還の先に待っているもの
川へ戻ったシロザケは、繁殖に適した砂礫底を目指します。
雌は尾びれを使って川底を掘り、産卵床(redd)を作ります。
そこへ卵を産み、雄が放精した後、雌は砂礫をかぶせます。そして太平洋サケ属の多くは一回繁殖型(semelparity)です。
つまり、一生に一度の繁殖へ大きなエネルギーを投入します。
遡上期には摂餌が大幅に低下・停止し、海で蓄積したエネルギーを使って上流へ進みます。
身体は次第に傷つき、産卵を終えた親魚は多くが死にます。
帰ってきた場所で、もう一度生活を始めるわけではありません。
帰還は、次世代へ命を渡すための最後の旅でもあるのです。
「鮭」と「シャケ」──名前はどこから来た?
サケは漢字で「鮭」と書きます。
日本語の「サケ」の語源については諸説あり、身が裂けやすいことから「裂け」に由来するという説などが知られていますが、確定した語源ではありません。
では「シャケ」は何でしょう。地域差や使用場面によって「サケ」「シャケ」が使い分けられますが、面白いのは、魚として語るときには「サケ」、食卓へ上がると「シャケ」と呼びたくなる人も多いことです。
生物としての名前と、食べ物として親しんできた名前が少しずれている。それほどサケが日本人の日常へ深く入り込んだ魚ともいえるでしょう。
サケは「白身魚」なのに、なぜ身がオレンジ色?
サケの身を特徴づける鮮やかなオレンジ色。
その見た目から赤身魚と思われがちですが、分類上サケは白身魚です。
では、なぜ白身魚なのに赤橙色なのでしょうか。
正体はアスタキサンチンというカロテノイド系の色素です。
サケ自身がこの色素を一から作り出しているわけではなく、海でオキアミなどの甲殻類をはじめとする餌を食べる過程で取り込み、筋肉などへ蓄積します。
その結果、本来白っぽい筋肉がサケ特有の赤橙色に染まっていきます。
そして成熟して故郷の川へ戻るころには、私たちが知る「サケ色」の大きな魚になっています。
さらに繁殖期には、蓄積された色素の一部が皮膚や卵などへ再配分されます。
イクラが美しい橙赤色をしているのにもアスタキサンチンが関係しています。
つまりサケのオレンジ色は、単なる模様ではありません。海で何を食べ、どこで成長してきたのかが身体に残した色でもあるのです。
サケを食べる──日本人が余すところなく利用した魚
サケほど日本各地で多様な食文化を生んだ魚も珍しいでしょう。
まず王道は塩鮭です。塩をすることで保存性を高め、焼けば皮は香ばしく、身の旨味が凝縮します。
冷蔵技術が発達する以前、塩蔵はサケを遠くまで運び、長期間利用するための重要な技術でした。
北海道では石狩鍋が有名です。
サケの身やアラを野菜とともに味噌仕立てで煮ます。
淡白な白身魚のタラ鍋とは違い、サケの脂と味噌が重なり、力強い味になります。
さらに北海道のちゃんちゃん焼き。
サケを野菜とともに焼き、味噌を中心とした調味料で味付けします。
大きな一尾を家族や仲間で囲む料理でもあり、サケが「個人の一皿」ではなく共同体の食事になるところも面白い料理です。
東北にははらこ飯があります。
サケの煮汁で炊いたご飯へサケの身をのせ、その上にイクラを散らします。
親と卵を同じ器で食べる。
サケの生活史を知ってから見ると、非常に象徴的な料理でもあります。
卵、白子、頭、皮、骨、内臓。地域によってさまざまな部位が利用されてきました。
文化的価値──帰ってくる魚を、人間は待っていた
北日本や北太平洋沿岸のさまざまな地域で、
人々は毎年やってくるサケを利用して生活してきました。
季節になると川へ現れる。
サケの回帰は、
人間側の時間まで循環させてきました。
人間にも、
似たところがあります。
生まれた町を離れる。
家族から離れる。
海外へ行く。
新しい仕事をする。
別の文化の中で生きる。
本人は「もう昔とは違う」と思っています。
それでも、
何十年も経って故郷の匂いや方言、
食べ物に触れた瞬間、
説明できないほど古い感覚が身体の中から戻ってくることがあります。
サケが人間のように故郷を懐かしんでいるわけではありません。
それでも、
幼い時期に経験した環境の情報が、
何年もの海洋生活を越えて帰還行動へ結びつくという生物学的事実は、
人間から見るとどこか不思議です。
さらに面白いのは、
すべてのサケが正確に帰るわけではないことです。
少数は別の川へ入ります。
その「間違い」が、
新しい集団を作る可能性を残す。
多くは帰る。
少しだけ外れる。
その揺らぎによって、
種は続いていきます。
川を出たからこそ、
大きくなれた。
しかし最後には川へ戻ったからこそ、
次の世代が始まる。
世界へ出ることと、
自分の始まりへ戻ることは、
サケにとって反対方向の行為ではありません。
一本の人生の、
往路と復路なのです。