88. 「モンハナシャコ」ド派手な衣装に剛腕ハンマー。巣穴世界の激烈異端児の正体
海底の穴から、二つの眼だけがこちらを見ています。
緑、青、赤、橙、紫。
身体にはまるで誰かが絵具を塗り重ねたような色が並びます。
モンハナシャコです。
英語ではその姿から「Peacock mantis shrimp(クジャクのようなシャコ)」とも呼ばれます。
しかし、この生き物を「派手なシャコ」とだけ見ると、その本当の奇妙さを見落としてしまいます。
なぜなら彼らは、水槽のガラスをも叩き割る強烈なハンマーをも持ち合わせているからです。
色彩と剛腕、2つの才能を手に入れたこの魅惑の生物に迫ります。
生態―極彩色の身体で穴に暮らす
インド洋から西太平洋の熱帯・亜熱帯域に広く分布し、日本でも相模湾以南などで確認されています。
サンゴ礁や岩礁、その周辺の砂礫底などに巣穴を作って暮らす大型の口脚類です。
モンハナシャコは体長10~18cmほど。
鮮やかな緑を基調としながら、捕脚には赤や橙、眼柄には青、尾肢には濃い青緑色などが現れ、背甲には暗色の斑紋があります。
ただし体色には個体差や成長段階による変化もあります。
これほど目立つ姿なのに、生活の中心は巣穴です。
サンゴ礁周辺の砂礫底や岩の隙間などに複数の出口を持つ穴を利用し、そこを拠点として活動します。
昼間にも活発で、餌を探して巣穴から離れることがあります。
殻を砕く拳―小さな身体に似合わない武器
そして、モンハナシャコを有名にしているのが巨大な捕脚です。
シャコ類の捕脚には、獲物を突き刺す「スピアラー型」と、硬い獲物を叩き壊す「スマッシャー型」があります。
モンハナシャコは後者です。
捕脚内部には、筋肉でゆっくりとエネルギーを蓄え、それをばねのような構造から一気に解放する仕組みがあります。
つまり筋肉だけで殴っているのではありません。
身体の中で力を溜め、瞬間的に解放する生体ハンマーなのです。
その一撃は秒速20mを超える速度に達することがあり、貝殻やカニの甲羅を叩き割ります。
さらに高速で捕脚が動くことで水圧が急激に低下し、キャビテーションと呼ばれる気泡が発生します。
気泡が直後に潰れる際にも衝撃が生じるため、獲物は「拳そのもの」と「水中に生じる衝撃」の二段攻撃を受けることになります。
その威力は飼育設備にも注意が必要なほどで、モンハナシャコなど大型のスマッシャー型口脚類には、水槽のガラスを傷つけたり、条件によっては破損させたりする危険が知られています。
十数センチほどの生き物が、自分を閉じ込めている透明な壁まで壊しかねないのです。
もしその破壊力」人間の世界へ誇張して可視化するなら、素手で自動車のボディや建物の壁を叩き壊してしまう人物といったところでしょうか。
「色を見る」という能力―人間とは違う視覚世界
さらに驚くべきなのが眼です。
モンハナシャコを含む一部の口脚類は、非常に特殊化した複眼を持ちます。
眼には「ミッドバンド」と呼ばれる特殊な領域があり、モンハナシャコでは色覚に関係する複数の受容チャンネルに加えて、紫外線や直線偏光、円偏光まで扱う視覚系が発達しています。
研究では12チャンネルの色覚系が知られています。
「人間より色受容器が多い=人間より細かく色を見分けられる」とは単純には言えませんが、人間とは違う方式で色彩情報を処理している事は確かな様です。
しかも左右の眼はかなり独立して動き、眼そのものを回転させながら偏光情報を積極的に読み取る行動まで確認されています。
人間には見えていない光の情報が、この小さな生き物の世界には存在しています。
私たちは虹を見て「世界は色彩に満ちている」と思います。
しかしモンハナシャコからすれば、「それしか見えていないの?」なのかもしれません。
繁殖時には拳を下ろす
普段は縄張りを持つ攻撃的な生物ですが、繁殖となれば相手へ近づかなければなりません。
モンハナシャコでは求愛時に、相手へ「攻撃ではない」ことを示すような行動も観察されています。
雌は受精後、卵を粘着物質によって一つの塊にまとめ、胸部の付属肢で抱えるように保持します。
そして卵塊を動かしながら清掃し、酸素を送り、孵化まで守ります。
抱卵中の雌は摂餌をほとんど行わないとされています。
やがて孵化した幼生は、成体とは違ってプランクトン生活を送ります。
「花蝦蛄」「紋花蝦蛄」―名前まで派手だった
ハナシャコは漢字では「花蝦蛄」と書かれます。
今回の主人公モンハナシャコは、その近縁種です。
「モン」は身体に現れる特徴的な斑紋を連想させます。
実際、背甲側部には暗い円形・網目状の模様があり、緑、赤、青など複数の色が身体を分割するように現れます。
英名のPeacock mantis shrimpも同じ発想ですPeacock=クジャク。
つまり日本人も英語圏の人々も、この生物を見て最初に感じたものは似ています。
「とにかく派手だ。」名前そのものに、人間が受けた視覚的衝撃が残っているのです。
ハナシャコは食べられる?―「シャコ料理」と分けて考える
日本で寿司や茹でシャコとして一般的に食べられている「シャコ」は、主にシャコ Oratosquilla oratoriaです。
今回扱っているモンハナシャコ Odontodactylus scyllarus とは別種になります。
モンハナシャコは世界的にも、食用種としてより観賞・ダイビング・研究対象として知られる側面が強い種です。
特に鮮烈な体色と特殊な視覚、強烈な捕脚によって、水族飼育や生物学研究で高い知名度を持ちます。
見た目は豪華。名前には「シャコ」。
しかし、人間の食卓へ並ぶことよりも、生きている状態の色彩そのものに価値を見いだされてきたシャコなのです。
文化的価値――色を守る生き物
人間は色を使って自分を表現します。
黒い服を選ぶ。
髪を染める。
化粧をする。
好きな色を部屋へ置く。
そして時として、
「そんな派手な格好をするな」「周囲に合わせろ」と言われます。
モンハナシャコには、
そんな遠慮がありません。
緑。赤。青。橙。紫。
一匹の身体に、いくつもの色が同居しています。
しかも、
その眼は人間には直接知覚できない紫外線や偏光まで扱っています。
つまり私たちが
「派手すぎる」と思っている姿でさえ、
彼らの視覚世界から見れば別の情報を含んでいる可能性があります。
色は単なる装飾ではありません。
生物にとって色や光は、
背景を見分け、
相手を認識し、
環境を読むための情報にもなります。
そして人間にとっても色は、
自分が何者なのかを外側へ示す最も原始的な方法の一つです。
誰かに合わせて色を消せば、
安全かもしれません。
目立たなければ、
攻撃されることも少ないかもしれません。
それでも、
自分の色をすべて消してしまえば、
最後に何が残るのでしょう。
サンゴ礁の穴から顔を出すモンハナシャコは、
小さな身体で驚くほど多くの色を抱えています。
しかも他者が近づきすぎれば、
強烈な拳まで持っている。
自分の色を持つことと、
その色を守ること。
この二つが一匹の身体に同居しているところに
モンハナシャコという生き物の不思議な魅力があります。
”KEEP YOUR COLORS”
「自分の色を失うな」
そんなメッセージを私たち人間に教えてくれているかのようです。