89. 『シバエビ』“わたしゃ、ただの小エビよ。”小さな身体で内湾を支える、江戸前の名脇役
クルマエビと並べれば、小さい。
伊勢エビのような豪華さもなければ、甘エビのように名前から甘さを主張することもありません。
透明感のある淡い青灰色の身体に、小さな斑点。
市場に並んでも、一尾だけならそれほど目立つエビではありません。
しかし、江戸前のかき揚げに何を入れるかと聞けば、シバエビの名前が出てきます。
一尾では脇役に見えるのに、いなくなると料理の景色が変わってしまう。シバエビとは、そんなエビです。
生態―大海原より、泥の海
シバエビ(Metapenaeus joyneri)は、クルマエビ科ヨシエビ属に分類される甲殻類です。
日本では東京湾、伊勢湾、瀬戸内海、有明海などの内湾に生息し、中国沿岸まで東アジアに広く分布しています。
成長すると10~15cmほどになります。
暮らしているのは、主に水深10~30mほどの砂泥底や泥底です。
派手な岩礁も、青い外洋も必要ありません。
河川から栄養が流れ込み、有機物が堆積する少し濁った内湾。
その泥の上こそ、シバエビにとって豊かな世界なのです。
有明海で行われた生活史研究では、シバエビの胃から小型のエビ、アミ類、カニ、カイアシ類などが確認されています。
クルマエビ類全体では、底に沈んだ有機物、藻類、小型甲殻類、多毛類などさまざまなものを利用することが知られており、単純な「掃除屋」ではなく、底生生物を幅広く利用する雑食的な消費者として内湾の食物網へ参加しています。
そしてシバエビ自身も、魚類などより大型の捕食者に食べられます。
つまりシバエビは、泥底にある小さな生物や有機物から得たエネルギーを、さらに大きな生物へ受け渡していく存在でもあります。
生態系の頂点には立ちません。けれど、下から上へ命を渡す途中にいる。目立たない小型生物ほど、食物網ではこうした役割を担っているのです。
繁殖―一年ほどの、小さく速い一生
シバエビの一生は長くありません。
有明海の研究では、寿命はおよそ一年、あるいはそれを少し超える程度と推定されています。
産卵は5月末ごろから9月初めまで続き、特に7~8月が盛期で雌の卵巣卵数は調査個体で約7万5000~37万5000個に達します。
生まれた幼生は浮遊生活を送りながら成長し、稚エビになると岸近くへ移動します。
一般にクルマエビ類では、幼生・稚エビ期に河口や内湾の浅場を「育成場」として利用し、成長すると再び沖側へ移動する生活史が見られます。
シバエビでも、有明海では成長した若い個体が沿岸へ寄り、冬には10~20mほどの深場へ移ることが報告されています。
ここで重要なのが干潟や河口、浅い内湾です。
人間から見れば、泥が広がる地味な場所です。
しかし小さな甲殻類や魚にとっては、餌が豊富で成長できる「保育園」のような場所でもあります。
世界のクルマエビ類でも、河口・汽水域が重要な育成場になることが知られています。
海の豊かさは、必ずしも青く澄んだ場所だけから生まれるわけではありません。
濁った水と泥の中にも、次の世代を育てる世界があります。
「芝海老」―名前に残った東京の海
シバエビは漢字で**「芝海老」「芝蝦」**と書きます。
この「芝」は植物の芝ではありません。名前の由来とされるのは、かつてシバエビが多く獲れた東京湾の芝浦です。
「芝浦のエビ」が「芝エビ」になったとされています。つまりシバエビという名前そのものが、かつての東京湾の漁場を記録しているのです。
食文化――一尾ではなく、集まることで料理になる
シバエビの本領は、食卓に上がった瞬間に現れます。
クルマエビのように一尾を大きく見せる必要がありません。
小さいことそのものを料理に利用します。
代表格がかき揚げです。
名前の由来となった東京湾では、シバエビは江戸前の食文化と結びついてきました。
江戸前の天ぷら文化では、小型のエビはかき揚げとの相性が抜群です。
また、エビを細かくして甘辛く煮るおぼろなど、江戸前寿司の仕事にも小エビが利用されてきました。
江戸前寿司そのものも、東京湾で得られる魚介を酢締め、煮る、漬けるといった「仕事」によって食べる文化として発達しました。
農林水産省も東京の握り寿司の伝統的な魚介としてエビ類を挙げています。
小さい素材へ料理人が仕事をすることで価値を引き出す江戸前らしい食材なのです。
瀬戸内海などでもシバエビは漁獲されます。
鮮度のよいものなら刺身として甘味を楽しむこともできますが、シバエビは鮮度低下が比較的早いため、入手後は早めの処理が重要です。
小型なら素揚げや唐揚げ。
少し大きければ殻を剥いて塩炒め。
ニンニクやネギと炒めても、エビの甘味がよく合います。
殻から旨味が出るので、味噌汁やスープにも向きます。
食べ終わった殻や頭まで炒って出汁を取れば、小さな身体を最後まで利用できます。
シバエビが生息する泥底には有機物や小型生物が蓄積し、それを利用する生物が集まり、さらにそれをシバエビが食べます。
だからシバエビを食べるということは、間接的には干潟や内湾の生産力を食べることでもあります。
塩茹で、唐揚げ、天ぷら、炒め物。調理法は華美でなくても構いません。
新鮮なものなら、加熱したときに現れる甲殻類らしい香りと甘味そのものがごちそうになります。
クルマエビほど大きくなくてもいい。
伊勢エビほど豪華でなくてもいい。
シバエビには、シバエビの大きさで最もおいしくなる料理があります。
文化的価値―「僕なんて小エビですから」
シバエビを人間に置き換えるなら、
少し引っ込み思案な人かもしれません。
何か褒めても、「いやいや、僕なんて。」
仕事を任せても、「もっとすごい人がいるでしょう。」
集合写真では端へ行く。
自分より大きな人を見つけるたび、
自分の価値を一段下げてしまいます。
確かにクルマエビより小さい。
一尾だけ皿へ置けば、
豪華さでも負けるでしょう。
でも料理人は知っています。
小さいから、かき揚げにできる。
何尾も一緒に口へ入るから、
大きなエビ一尾では作れない香りと食感が生まれます。
生態系でも同じです。
シバエビは海の頂点に立ちません。
泥底の小さな生物を食べ、
自分もまた大きな生物に食べられます。
しかし、その途中にいるからこそ、
内湾の小さな生産を上位の捕食者へ渡すことができます。
名前だって「芝浦で獲れたエビ」。
ずいぶん控えめです。
けれどその名前は、
東京湾に漁業があり、
干潟があり、
そこから食材を得ていた人々がいたという記憶を、
今も残しています。
大きくなくてもいい。
一匹で目立たなくてもいい。
主役にならなくてもいい。
問題なのは、自分が小さいことではなく、
小さいから価値がないと思い込んでしまうことなのかもしれません。
一尾のシバエビは、小さく見えます。
けれど何尾も集まって油の中へ落ちれば、
立派な一枚のかき揚げになる。
そして海の中でも、
無数の小さな命が集まって、
巨大な生態系を作っています。
シバエビは今日も泥の底で、
そんな大げさなことなど知らない顔をして暮らしています。
「僕なんて、ただの小エビですから。」
そう言われたら、
江戸前の料理人なら笑うでしょう。
「いや、お前じゃないと困るんだよ」と。