76. “釣り人に突き刺さる凶器”『ダツ』の止まれない一直線に生きる宿命

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水面に光が差込むと、
その魚は迷うことなく一直線に駆け出します。
立ち止まる事を知らない者は、
前だけを見て、
世界ごと突き抜けてしまう。
ダツです。
猪突猛進。
釣り人に刺さることもあるその危険性には、
恐れる心をどこかに忘れてしまったような潔さが同居しています。

ダツの生態

ダツ(学名:Strongylura anastomella など)はダツ目ダツ科に属する海水魚で、
日本では北海道南部から沖縄まで広く分布しています。
沿岸の表層を群れで泳ぎ、細長い円筒形の体と上下に長く突き出した鋭い嘴(くちばし)が最大の特徴です。
一見すると頼りなく見える体ですが、水面近くを高速で巡航するために極限まで洗練された形状であり、
海の表層では優れた捕食者として生きています。

成魚は70~100cmほどまで成長し、大型では1mを超える個体も見られます。
背びれと尻びれは尾に近い位置にあり、体全体をしならせながら一気に加速する遊泳を得意とします。

普段はゆったりと泳いでいますが、獲物を見つけると一瞬で速度を上げ、小魚の群れへ一直線に突入します。
この爆発的な加速は、筋肉中に発達した白筋と流線型の体によるもので、
短距離では表層魚の中でも屈指の運動能力を誇ります。

ダツは主に水深数メートル以内の表層を生活圏とし、
港湾や河口、磯場、内湾など比較的穏やかな海域でよく見られます。
暖流の影響を受ける地域では一年を通して姿を見せますが、
春から秋にかけて沿岸へ接岸する個体が増え、夏場には群れで回遊する姿が各地で観察されます。

繁殖──海藻へ命を託す魚

産卵期は地域によって異なりますが、日本では初夏から夏にかけてが最盛期です。
成熟した雌は沿岸の海藻帯やアマモ場へ数千粒の卵を産み付けます。
ダツの卵には細い糸状の付着糸があり、海藻や流木へしっかり絡みつく特徴があります。
波に流されやすい表層魚でありながら、卵が流失しにくい巧妙な仕組みです。
ふ化した仔魚はしばらく沿岸の藻場で成長し、十分な遊泳力を身につけると表層生活へ移行します。
成長は比較的早く、1~2年ほどで成熟しますが、寿命は5~6年程度と考えられています。
短い生涯の中で素早く成長し、次世代へ命をつなぐ戦略を採っている魚です。

漢字の意味と名前の由来

「ダツ」は漢字で**〈鱵〉または〈針魚〉**と表記されます。
「鱵」は細長い魚を表す古い漢字で、その姿そのものを表現しています。
また「針魚」は、針のように細長い体と鋭い嘴に由来します。
地域によっては「ハリウオ」「トガリ」「サシ」などさまざまな呼び名があり、
どれも細長い体や鋭い口先を連想させるものです。
英語では Needlefish(針の魚)と呼ばれ、日本語と同様に外見をそのまま名前へ反映しています。

捕食と天敵──速さが生き残るための武器

ダツは典型的な肉食魚で、小型のイワシ類、キビナゴ、
シラス、トウゴロウイワシ、稚アジ、イカ類などを捕食します。
群れの周囲を回遊しながら、一瞬の隙を突いて高速で飛び込みます。
捕食時間はほんの数秒ですが、その瞬発力は海鳥が海面へ飛び込む速度にも匹敵するといわれています。

一方で、自身も大型魚の重要な餌となります。
ブリ、ヒラマサ、カンパチ、シイラ、カジキ類、マグロ類、そして大型のサメなどがダツを捕食します。
表層を泳ぐため常に外敵へ姿をさらしており、生き残るためには「先に動くこと」が何より重要になります。

ダツにはもう一つ有名な習性があります。それは夜間に光へ向かって跳躍することです。
船の集魚灯や港の照明へ驚いて飛び出し、そのまま船上へ飛び込んだり、
人へ衝突したりする事故が世界各地で報告されています。
ニューギニアや南太平洋の島々では、ダツが胸や首へ刺さって死亡事故につながった記録もあり
サメ以上に注意すべき魚として知られる地域さえあります。
もちろん、人間を襲おうとしているわけではありません。
高速で逃避・捕食する本能が、人工の光によって方向を誤ることで起こる偶発的な事故です。

サヨリ、サンマ、スズキとの違い──表層を泳ぐ魚の異なる生き方

表層を泳ぐ魚としてサヨリやサンマがいますが、生態や暮らし方は大きく異なります。
サヨリは動物プランクトンを中心に食べる比較的温和な魚で、群れを作って沿岸を回遊します。
一方、ダツは鋭い嘴と歯を持つ肉食魚で、イワシやキビナゴなどの小魚を高速で追い回す表層の捕食者です。

サンマも表層を泳ぐ回遊魚ですが、主食は動物プランクトンや小型甲殻類であり、
自ら積極的に魚を襲うことはほとんどありません。
また、サンマは黒潮・親潮をまたぐ外洋性の長距離回遊魚ですが、
ダツは沿岸や内湾、磯周りなど比較的浅い海を生活の場としています。

見た目はよく似ていても、
サヨリは「穏やかな遊泳者」、
サンマは「海を旅する回遊魚」、
そしてダツは「一瞬の加速で獲物を仕留める表層のハンター」と、
それぞれまったく異なる進化を遂げた魚なのです。

スズキもダツと同じくイワシやアジなどを捕食する沿岸の肉食魚ですが、その狩り方は対照的です。
スズキは障害物や潮流を利用し、獲物へ静かに接近して一気に吸い込む待ち伏せ型のハンターです。
一方、ダツは表層を高速で巡り、自ら一直線に突っ込んで獲物を追い詰める追撃型の捕食者です。

どちらも優れた狩人ですが、
スズキが「機を待つ魚」なら、
ダツは「機を見つけた瞬間に走り出す魚」
といえるでしょう。

食文化──嫌われる理由は味ではなく、扱いにくさ

ダツは市場でほとんど見かけないため、「食べられない魚」と思われがちです。
しかし実際には、適切に処理すれば十分においしい魚です。
身は白身を基調としながら青魚らしい旨味もあり、脂は比較的少なめです。
評価が上がりにくい最大の理由は、胴の前半に複雑な小骨が多く、細長すぎて扱いにくいことです。
また、骨が青緑色に見えることがあり、その色に驚いて敬遠されることもありますが、
骨の色だけで食用に適さないわけではありません。

鮮度のよい大型個体なら、まず試したいのが刺身です。
三枚に下ろし、小骨の多い腹部前方を避け、尾に近い部分を使います。
ただし、ダツの持ち味を最も引き出しやすいのは揚げ物です。
脂の少ない白身は、そのまま強く焼くと水分が抜けやすい一方、天ぷらや唐揚げにすると油分が補われ、
外は香ばしく、中はふっくら仕上がります。
塩焼きでは、皮目に残る青魚らしい香りを楽しめます。
振り塩をしてしばらく置き、水分を拭いてから弱めの火でじっくり焼くのがコツです。

沖縄ではダツ類やオキザヨリ類を「シジャー」と呼ぶことがありますが、
全国流通する商品魚ではなく、漁師や釣り人がその場で利用する地域魚としての性格が強い存在です。
つまり、料理店で指名して食べる魚というより、偶然出会った者が扱い方を知っていれば、
その価値に気づける魚なのです。

文化的価値──光へ向かう魚が映すもの

ダツは、高
級魚として名を上げたわけでも、
郷土料理の主役になったわけでもありません。

むしろ、
人へ刺さる危険魚、
仕掛けを乱す外道、
骨が多くて扱いづらい魚として記憶されてきました。

ダツのような人は、
悪意で人を傷つけるわけではありません。
思い立ったらすぐ動き、
迷うより先に身体が反応します。

その行動力は周囲を驚かせ、
ときには大きな成果を生みます。

しかし、
一度勢いがつくと立ち止まって状況を見渡す余裕がなく、
その一歩が思わぬ誤解や衝突を招くこともあります。

本人はただ前を向いて走っているだけなのに、
気づけば誰かを置き去りにし、
自分自身も傷ついていることがあります。

速く進むことは才能です。
しかし、
本当に遠くまでたどり着く人は、
走る速さだけでなく、
立ち止まる勇気も知っています。

ダツは、
生きる勢いの美しさと、
その勢いを制する難しさを、
静かに映し出している魚なのかもしれません。

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