29.『カツオ』"海を走り続ける炎の塊"

カツオの姿

海の中で、止まることを許されない魚がいます。
それがカツオです。

カツオは典型的な回遊魚であり、一生のほとんどを泳ぎ続けて過ごします。
呼吸を保つためにも、餌を追うためにも、群れの速度から外れないためにも、彼らは止まることができません。

また日本人にとってカツオは、季節の到来を告げる特別な魚です。

春から初夏にかけて太平洋沿岸へ北上する「初鰹」、そして秋に脂を蓄えて南下する「戻り鰹」。

その力強い回遊は、まさに炎のように海のダイナミックな流れを体現しているように感じられます。

▪️燃えるような赤身の体

その身体は持久運動に適応し、筋肉には酸素を蓄えるミオグロビンが多く含まれています。
この成分こそが、カツオの身を深い赤色に染める理由です。

つまりカツオは、マグロと同じく典型的な赤身魚です。
泳ぎ続ける生命の色が、そのまま身の色になっているのです。

しかし、この赤身の魚は季節によってまったく異なる表情を見せます。
春に現れる「初鰹」は脂が少なく、軽やかで香りが際立ちます。
一方、秋に戻ってくる「戻り鰹」は脂を蓄え、濃厚な旨味をまといます。

同じ魚でありながら、まるで別の存在のように味が変わる。
ここに、カツオという魚の時間性があります。
カツオは季節そのものを運んでくる魚なのです。

▪️漢字の由来

漢字では「鰹」と書きます。魚偏に「堅」とも解釈されるこの字は、

引き締まった身質や強靭な筋肉を連想させます。

また古から干物や節に加工され、保存に耐える“堅い魚”であったことも由来の一つとされています。

とくに鰹節は日本の出汁文化を支える根幹であり、カツオは単なる食材を超えて、日本の味覚そのものを形づくってきました。

▪️速さを持続する生涯

生態的に見ると、カツオは極めて高速で泳ぐ外洋性回遊魚です。

常に前進し続けることで呼吸を保つため、ほとんど休むことなく海を移動します。

群れで小魚や甲殻類を追い込み、水面近くで激しく捕食する様子は、まさに海の狩人と呼ぶにふさわしい姿です。

一方で、その上位にはマグロ類やサメ、海鳥、人間といった捕食者が存在し、カツオ自身もまた食物連鎖の中心に位置しています。

追う者であり、同時に追われる者でもあるのです。

繁殖は主に暖かい海域で行われ、卵は海中を漂う浮性卵として広く拡散します。

膨大な数を産むことで種をつなぐ戦略は、広大な外洋を生きる魚に共通するものですが、

そこには一瞬ごとに生を賭ける激しさが宿っています。

▶︎ブリ(同じく止まれない魚)

▪️お腹に見える縦縞の意味

カツオのお腹には特徴的な黒い縦線が複数入っています。

これは体表の色素(メラニン)分布による模様で、高速で動くカツオならではの目眩しの術でもあります。

  • 個体の輪郭が分かりにくくなる

  • どこが頭か分からなくなる

  • 追跡しにくくなる

という効果があります。いわば動く迷彩です。

カツオは非常に速く泳ぎます。高速移動時、縞模様は

  • 視覚的な残像を生む

  • 個体の速度や距離を錯覚させる

ため、捕食者の判断を遅らせる効果があると考えられています。

▪️カツオの漁法

漁法として代表的なのは一本釣りやまき網漁です。

とくに一本釣りは、船上から次々に釣り上げる豪快な漁として知られ、

鹿児島や高知などの地域文化と深く結びついています。

釣り人にとってもカツオは特別な存在であり、群れに出会った瞬間の高揚感、

掛かった瞬間の疾走感は、他の魚では得難い体験です。

▪️火と生の境界にある料理 ―― カツオのたたき

カツオの食文化を語るうえで欠かせないのが、「たたき」です。
表面だけを強火で炙り、内側は生のまま残すこの料理は、
香ばしさと瑞々しさを同時に成立させる、日本独自の知恵といえます。

とりわけ有名なのが、高知県・土佐の藁焼きです。
藁は一瞬で高温に達し、800~900℃という強烈な火力で皮目だけを焼き上げます。
重要なのは火そのものよりも、立ちのぼる煙の香りです。
その香りが赤身に移り、ただの生魚ではない深みを生み出します。

薬味にも土地の個性があります。
にんにく、みょうが、ねぎ。
そしてポン酢ではなく塩で食べる文化。

素材の力をそのまま受け止める食べ方に、
海と向き合ってきた土地の気配が宿っています。

一方、静岡県・焼津では刺身文化と加工技術が発達しました。
ここから、もう一つの大きな物語――鰹節へとつながっていきます。

▪️保存食の定番 ―― 鰹節という発酵の結晶

カツオは、単に「美味しい魚」では終わりません。
鰹節となることで、日本の味覚そのものを形づくってきました。

三枚におろされ、煮られ、燻され、乾かされ、
さらにカビを付けて熟成される。

この長い工程の核心は、発酵です。
水分を極限まで抜き、旨味を凝縮し、香りを深めていく。

完成した本枯節は、世界でも類を見ないほど硬い食品となります。

鹿児島県・枕崎、静岡県・焼津
これらの土地は、単なる加工地ではありません。
和食の基礎を支える場所です。

昆布と鰹節で引かれる出汁。
味噌汁、煮物、麺つゆ、あらゆる料理の根にある透明な旨味。

それは一匹の魚が、
文化の骨格へと変わった姿でもあります。

▶︎マダコ(同じく保存食文化をもつ海の生き物)

▪️マグロとカツオはどう違う?

両者は同じサバ科ですが、進化の方向はかなり異なります。

1. 体の設計

カツオ俊敏型ハンター

  • 軽く細い

  • 瞬発力・機動力重視

  • 群れで高速回遊

マグロ持久型ハンター

  • 重く太い

  • 持久力・長距離遊泳重視

  • 単独行動も多い

2. 体温調節能力

カツオ→基本は外温性(周囲水温に近い)

マグロ→ 部分恒温性を持つ高度な魚。

  • 筋肉の熱を保持できる

  • 体温を周囲より高く保つ

これがマグロの巨大化・高速持続遊泳を可能にしています。

3. 肉質の違い

カツオたたき・節向き

  • 血合いが多い

  • 水分多めで柔らかい

  • 酸化しやすい

マグロ刺身文化の中心

  • 筋肉密度が高い

  • 脂の層が発達

  • 保存性が高い

つまり、カツオとマグロとの違いは、

瞬間を生きるか、持続を生きるか。

の違いとも言えそうです。

▶︎マグロ(赤身魚、海の王者)

▪️最後に— 走り続けるものが、静かに残る

私たちは日々、何かを追い続けています。
速く、遠くへ、より先へ。

こうした止まっていられない衝動的な動きは、

躁動という煩悩です。

走り続けてしまう。

トレンドを追い続ける。

情熱が強いが持続が難しい。

成功しても満足できない。

こういった躁動の心の動きは決して悪ではありません。

むしろ、

  • 世界を前に進める推進力

  • 新しい文化を生む行動力

  • 停滞を破るエネルギー

これらはすべて躁動の力です。

カツオが海の季節を運ぶように、
躁動は社会に変化の流れを生みます。

ただし最後に残る問いがあります。

どこまで走れば満たされるのか。

カツオは止まれません。

だからこそ、
人間だけが持つ選択があります。

  • 走り続ける自由

  • 立ち止まる自由

この二つのあいだで揺れること――
それ自体が、
人間の生なのかもしれません。

カツオは今日も炎のように海を走りながら、

走り続けることへのロマン

と、同時に、

立ち止まることの大切さ

を示唆してくれているのかもしれません。

▶︎ 西日本の海に生きる魚たち一覧(ブログトップ)

《参考文献・出典》

 
KAMBA