16. 通は知る! 『マナガツオ』という”静かな格式”

『マナガツオ』のイラストは現在準備中です | きよまる魚図鑑

港に並ぶ魚の中で、声高に自分を主張することもなく、季節の主役を奪うこともなく、それでも確かに「通の視線」を集める魚がいます。

マナガツオ

その姿は決して派手ではありません。銀白色の体はなだらかで、背びれも鋭さを誇示せず、泳ぐ姿にも力みがない。しかし一度、この魚の身を口にした人は、静かにこう思うはずです。
「この魚は、美味い」

マナガツオは、“声を張らずに、格を保つ”そんな生き方を選んだ魚です。

▪️マナガツオの身体——主張しないための完成形

マナガツオの体型は、横から見るとやや菱形に近く、厚みのある胴体を持っています。この厚みは、速さのためでも、攻撃性のためでもありません。「身を守り、身を蓄える」ための形です。

・急激に泳ぎ回らない
・群れで激しく競争しない
・必要以上に争わない

マナガツオは、 海の中でも“消耗しない選択”をして生きています。その結果、

身は驚くほど柔らかく、

繊維はほどけるようで、

熱を入れても縮みにくい。

この身質こそが、西日本の料理人たちに長く愛されてきた理由です。

▪️漢字「真魚鰹」が示す、控えめな誇り

マナガツオは漢字で「真魚鰹」と書かれます。

この「真魚(まな)」とは、古語で「まことの魚」「食の中心となる魚」という意味を持ちます。

つまりマナガツオとは、「食卓において、真ん中に据えるにふさわしい魚」という評価を、すでに名前の中に持っている魚なのです。

それでいて、 “自分は鰹だ”と主張することはありません。

実際、分類上はサバ科でもカツオ属でもなく、マナガツオ科という独立した一群に属します。

名前は鰹、だが生き方はまったく別。

ここにもまた、名乗らずに格を保つマナガツオらしさが表れています。

▪️西日本の海とマナガツオ

マナガツオは、西日本の海と深く結びついた魚です。

瀬戸内海、紀伊水道、九州北部から南部にかけて。潮が穏やかで、水温変化が比較的安定した海域を好みます。

荒波に身を投じるよりも、流れを読み、静かな場所を選ぶ

具体的には、

  • 外洋からの直接的なうねりが弱い

  • 潮流が一定で、急変しない

  • 水深があり、濁りが少ない

  • 餌が豊富だが、奪い合いが起きにくい

瀬戸内海の湾奥、紀伊水道の入り組んだ海域、九州北部の内湾などが典型です。

マナガツオは、

  • 回遊距離が比較的短い

  • 突進型の捕食をしない

  • 群れで激しく競争しない

という生態を持っています。つまり、

  • 波が荒い

  • 潮が早すぎる

  • 捕食競争が激しい

こうした海では、性格的に不利なのです。

静かな海とは、「争わなくても生きていける環境」。

マナガツオは、その環境を選び、その環境に合わせて身体を完成させた魚です。

その姿はまるで、「場所をわきまえる」という美徳を知っているかのようです。

この性質が、マナガツオを“派手な漁獲ニュース”から遠ざけ、同時に、地域の食文化にしっかりと根付かせてきました。

▪️マナガツオと人——料理人が静かに敬う魚

和食料理人にとって、マナガツオは「技を誇示できない魚」です。

理由は単純で、下手に手を加えると、すぐに壊れてしまうからです。

マナガツオの身は、

  • 繊維が非常に細かい

  • 水分保持力が高い

  • 火入れに対して寛容だが、入れすぎると急に崩れる

という特徴があります。そのため料理人は、

  • 包丁を入れる角度を浅く

  • 圧をかけずに刃を滑らせる

  • 身を“切る”より“分ける”感覚

で扱います。

刺身にする場合でも、「引く」というより「置いて離す」ような包丁さばきが求められます。

マナガツオが西京焼きに向くのは、

  • 味噌の塩分に負けない身の厚み

  • 発酵の香りを受け止める脂質構成

  • 焼成中に水分が抜けにくい構造

を持っているからです。ここで料理人が意識するのは、

  • 漬け込み時間を短くする

  • 味噌を厚く塗らない

  • 焼き色より“中の柔らかさ”を優先する

という点。つまり、「味を乗せる」のではなく「魚が持つ品位を壊さない」という思想で向き合います。

マナガツオは、料理人の“抑制力”がそのまま味になる魚です。

洋食においても、素材を尊重するフレンチやイタリアンではマナガツオがしばしば選ばれます。

具体的には、

  • 白ワイン蒸し

  • 軽いムニエル

  • 低温ポワレ

  • バターを控えたソース・ヴァンブラン

など。ここでもポイントは同じで、

  • ソースを“かけない”

  • 下から添える

  • 余韻を消さない

マナガツオはここでも、料理人の節度を試す魚として扱われます。

そのため、“豪華さ”を求める場面では選ばれず、“品格”を求める場面で静かに登場します。

マナガツオは、一般家庭で毎日のように食べられる魚ではありません。しかし、料理人の世界では違います。

・西京焼き
・幽庵焼き
・酒蒸し
・薄造り

どの料理でも、だしの旨味を受け止め、それを壊さず、それでいて自分の存在は失わない。

この性質が、「扱える人だけが扱う魚」という評価につながっています。

▪️高級な白身魚との味比べ

マナガツオの味について、ここで少しだけ他の白身魚の代表格と比較してみましょう。

マダイの味は、輪郭がはっきりしています。噛めば旨味が立ち、香りも明確。祝いの場にふさわしい「前に出る味」です。

ヒラメは対照的に、静かな甘みと歯応えで勝負します。噛むほどに旨味が滲み、料理人の技術がそのまま味に反映される魚です。

アカアマダイは、脂の華やかさが際立ちます。上品でありながら印象は強く、「特別感」を求める料理で使われます。

それに対してマナガツオの味は、どこまでも穏やかです。脂はあるのに重くならず、甘みはあるのに主張しない。
口の中に残るのは、余韻だけ。旨い、と声を上げさせる魚ではありません。
しかし食後に思い出されるのは、いつもこの魚です。

マナガツオの味は、他の魚と競わないことで成立する“静かな格なのです。

▶︎マダイ(前に出る味)

▶︎アカアマダイ(華やかな特別感)

▪️「優慢」という気配

マナガツオにぴったりの言葉は仏教的な煩悩で言うと、「優慢(ゆうまん)」です。

優慢とは、声高な傲慢さではありません。

・自分が正しいと、どこかで信じている
・他者と競わずとも、自分の価値を疑わない
・優しさの中に、静かな自負がある

マナガツオは、まさにその感情を体現している魚です。

争わない。
目立たない。
急がない。

それでも、「自分は自分でいい」という確信だけは、一度も手放していない。

その姿勢は、見る人によっては“控えめ”に映り、別の人には“気高さ”として映るでしょう。

▪️マダイとも、ブリとも違う文化的立ち位置

マダイは祝いの魚です。ブリは季節を動かす魚です。ではマナガツオは?

マナガツオは、日常と非日常の境目に立つ魚です。

特別な日でなくてもいい。しかし、「今日はちゃんと食べたい」そんな日に選ばれる。

派手な主役ではない。だが、欠けると全体が締まらない。

それがマナガツオの立ち位置です。

▪️終わりに——静かに、誇り高く

マナガツオは、海の中で目立つ魚ではありません。

しかし、文化の中では確かに生きています。

料理人の手の中で、家庭の食卓の端で、季節の隙間で。

それは、大きな声を出さなくても、 価値は失われないという証です。

マナガツオという魚は、優しさの中に、 確かな誇りを宿しています。

それは「優慢」。
誰かを見下すためではなく、
自分を信じ続けるための、
静かな心の姿です。

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《参考文献・出典》

 
KAMBA