81.「ジンベエザメ」クジラみたいなサメ!?人を襲わず、穏やかに生きる道を選んだ世界最大の魚

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世界のダイバー達にとって、
出会いたい憧れの存在がいます。
サメなのに人を襲わない、
穏やかに泳ぐ世界最大の魚。
それがジンベエザメです。

ジンベエザメの生態

ジンベエザメ(Rhincodon typus)は、テンジクザメ目ジンベエザメ科に属する現生する世界最大の魚類です。
大型個体は10mを優に超え、沖縄美ら海水族館では成長すると10~12mほどになる魚として紹介されています。
世界の熱帯から亜熱帯を中心に広く分布し、外洋だけでなく沿岸域や島嶼周辺にも姿を現します。
灰青色の巨大な身体には白い斑点と縞模様が規則的に並びます。
この模様は個体ごとに異なり、人間の指紋のように個体識別にも利用されています。

ジンベエザメは「甚平鮫」と表記されます。
体表の模様が日本の夏着である甚平の柄に似ていたため「ジンベエザメ」になったとされています。
沖縄では「ミズサバ」とも呼ばれます。

英名は Whale shark
つまり「クジラのように巨大なサメ」です。
日本人はその模様から「甚平」を見つけ、西洋人はその大きさから「クジラ」を見ました。

巨大な身体で、小さな餌を集める

ジンベエザメは濾過摂食者です。
大きな口を開いて餌を海水ごと取り込み、鰓付近の濾過器官で餌をこし取り、余分な水を排出します。
口の中には3,000本以上ともされる微小な歯がありますが、獲物を噛みちぎるためには使われません。
沖縄美ら海水族館では、給餌時に一度に約100Lもの海水とともにオキアミを吸い込む様子が観察されています。

ただし「何も考えず泳ぎながらプランクトンを濾している魚」というイメージも正確ではありません。
ジンベエザメは餌が集中的に発生する場所を利用します。
サンゴの産卵時には海面へ浮かんだ卵を食べ、魚類の大規模産卵に集まる例もあります。
近年のNOAAの研究でも、フロリダ沖でスペインイワシの卵が大量発生した海域に最大19個体が集まって摂餌する様子が確認されています。
つまり巨大だから大量の海水を無差別に濾すのではありません。
海のどこに小さな命が集中するのかを探し、その短い好機を利用する巨大な捕食者なのです。
また衛星標識などの研究から長距離移動することも分かっています。
一方で、どこへ移動するかは餌場や海洋環境などに左右され、回遊経路にはまだ多くの謎があります。

サメなのに、食べ方はクジラ──巨大化がたどり着いた同じ答え

一般的な大型サメは、鋭い歯を使って比較的大きな獲物を捕らえます。
ホオジロザメなら魚類や海棲哺乳類を噛み、肉を切り取って食べます。

ところがジンベエザメは、数千本もの微小な歯を持ちながら、それを捕食の主役にはしません。
大きな口から海水ごとプランクトン、小魚、魚卵などを取り込み、鰓付近の濾過器官で餌を選り分けます。
これはヒゲクジラ類が歯を失い、ヒゲ板を使って大量の海水から小さな餌を濾し取る戦略とよく似ています。
ただし装置はまったく別物です。

ジンベエザメ=鰓を利用した濾過
ヒゲクジラ=口腔内のヒゲ板による濾過

つまり共通祖先から同じ仕組みを受け継いだのではなく、まったく別々の進化を歩んだ動物が、巨大な身体を維持する方法として似た答えへたどり着きました。
これを生物学では収斂進化と呼びます。

ホオジロザメは、大きな身体と強力な顎を使って大きな獲物を捕られる方向へ進みました。
一方ジンベエザメや大型ヒゲクジラは、一匹の大物を奪い合うのではなく、海に大量に存在する小さな生物をまとめて取り込む方向へ進みました。

「強くなること」と「襲うこと」は、必ずしも同じではない。
ジンベエザメの巨大さを理解するうえで、このクジラとの奇妙な類似は非常に象徴的です。

謎の繁殖──300匹の胎仔が教えてくれたこと

これほど有名な魚にもかかわらず、ジンベエザメの繁殖には現在も多くの謎があります。
大きな転機となったのが1995年、台湾で捕獲された雌の体内から約300個体の胎仔が発見されたことです。
この発見によって、母体内で卵がふ化して仔を産むタイプの繁殖をすることが明らかになりました。

しかし、野生での交尾や出産はほとんど観察されていません。
沖縄美ら海水族館では長期飼育個体「ジンタ」の20年以上にわたる観察から、雄の性成熟過程が世界で初めて詳細に記録されました。
巨大で世界中を泳ぐ魚でありながら、どこで出会い、どこで次世代を生むのかさえ十分には分かっていないのです。

ジンベエザメは食べられるのか?

現在ジンベエザメは国際的に保全上重要な種であり、日本で一般的な食材として流通する魚ではありません。
そのため、ここでは「おすすめのジンベエザメ料理」を紹介するのではなく、巨大魚を人間がどのように利用してきたかという食文化史として見る必要があります。

過去には肉が生鮮・塩蔵・乾燥などで利用され、肝臓から得られる油なども利用対象になりました。
サメ類は一般に肉だけでなく鰭、皮、肝油など身体のさまざまな部分が商品になりますが、ジンベエザメも例外ではありませんでした。
地域によっては肉を煮たり、揚げたり、干したりして保存性を高める利用が行われてきました。

しかしジンベエザメは成長が遅く、繁殖生態にも不明点が多い大型魚です。
大量に捕獲しても短期間で個体数が回復する魚ではありません。
そのため現代におけるジンベエザメの「価値」は、食材としての価値から大きく変化しています。

沖縄をはじめ、フィリピン、モルディブ、メキシコ、オーストラリアなどでは、野生のジンベエザメとの遭遇そのものがダイビングや観光の大きな魅力になっています。
巨大海洋生物をめぐる人間の価値観が、「所有する価値」から「存在している価値」へ変化した象徴ともいえるでしょう。

文化的価値──世界最大なのに、怖くない

ジンベエザメが世界中で愛される最大の理由は、この矛盾にあります。
サメなのに怖くない。
巨大なのに襲わない。
大きな口なのに、小さなものを食べる。

私たちは巨大なものを見ると、そこへ力を想像します。
強いはずだ。
怖いはずだ。
支配するはずだ。

ホオジロザメなら、
その期待にかなり近い姿を見せてくれます。

ところがジンベエザメは、
その巨大な身体で静かに海水を吸い込み、
オキアミや魚卵を食べています。

世界最大の魚になったにもかかわらず、
その大きさを武器として見せつける必要がありません。
まるで自分が大きいということを知らないかのよう。

人間社会にも、
ときどき似た人物がいます。

本人が部屋へ入ってきただけで
周囲が緊張するほどの実績や能力を持っているのに、
本人だけは普段通りに飯を食い、
誰かと競争することにも、
自分を大きく見せることにもあまり興味がない。

周囲だけが、その人物の「大きさ」を知っています。
本人にとっては、
それが日常なのです。

ジンベエザメも、
自分が世界最大の魚であることを知っているわけではありません。

大きさとは、
本人が主張するものではなく、
他者との関係の中で初めて現れる尺度なのかもしれません。

世界最大の魚は今日も、
自分が巨大であることなど気にする様子もなく、
小さな命を追いながら海を泳いでいます。


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