33. “深層に息づく銀”『ギンザメ』という原始的な魚

ギンザメのイラストは現在準備中です。

海の光が届かなくなるあたり、ゆるやかな斜面をなす大陸棚の縁に、銀色の影がゆったりと漂います。
ギンザメです。
漢字では「銀鮫」と書き、鈍く光を返す体色と、どこか古代的な顔立ちからその名がつきました。
地方によっては「ギンブカ」「ナガエイ」などと呼ばれることもあり、
深海の魚でありながら沿岸の市場に時折姿を見せる、不思議な距離感をもつ存在です。

▪️ギンザメのかたち

ギンザメはサメやエイと同じ軟骨魚類に属しますが、一般的なサメとは異なる「全頭類」という系統に分類されます。
現生種は限られ、古い系統を今に残す魚といわれます。
体は細長く、滑らかな銀灰色を帯び、大きな胸鰭をゆっくりと羽ばたかせるように泳ぎます。
目は大きく、暗い水中での視覚に適応しています。
海底近くを漂いながら、貝類や甲殻類、多毛類などを吸い込むように捕食します。強い牙で裂くというより、
硬い歯板で砕き、静かに摂餌する魚です。

▪️ギンザメの生息地

生息水深はおおむね200~800メートル前後とされ、日本周辺では太平洋側や日本海側の沖合で見られます。
浅場に上がることは少なく、漁獲は主に底引き網や深場の延縄によります。
群れで大回遊する魚ではなく、単独または小規模で海底に分散して暮らします。
派手な動きはなく、深い水の圧力と静寂の中で、ゆっくりと時間を重ねている印象があります。

▪️ギンザメの繁殖

繁殖は卵生で、メスは細長い角状の卵鞘を海底に産み落とします。
この卵鞘は黒褐色で丈夫な殻に包まれ、内部で長い時間をかけて発生が進みます。
急がず、焦らず、ただ環境の安定を待つような繁殖様式です。
表層の魚たちのような爆発的な産卵とは対照的に、深海の時間に沿った静かな営みが続きます。

▪️ギンザメの生存競争

ギンザメ自身も捕食者である一方、より大型のサメや深海性の肉食魚に捕食されることがあります。
食物連鎖の中で極端な頂点に立つわけではなく、しかし容易に消えるわけでもない。
過剰な武装を持たず、毒も牙も誇示しないかわりに、深場という環境そのものを盾にしています。
暗く静かな層で生きるという選択は、攻撃よりも持続を選んだ結果のようにも見えます。

▪️釣れるの?

釣りの対象としては一般的ではありませんが、深海釣りや底物狙いの外道としてかかることがあります。
強烈な引きではなく、重みがゆっくりと乗る感触が特徴です。
見慣れない姿に驚かれることも多く、その異様さが語り草になることもあります。
深海の住人が一瞬だけ光の下に現れる、その違和感が印象に残ります。

▪️ギンザメの美味しい食べ方

食用としては地域差があります。


① 東北(宮城・岩手・青森)

三陸沖は重要な漁場で、底引き網に混獲されます。
市場では「ギンブカ」と呼ばれることが多いです。

  • 煮付け(甘辛)

  • 味噌仕立ての汁物

  • 唐揚げ

  • 肝煮

身は水分が多く柔らかいですが、火を通すとほぐれやすく、淡白で上品な味になります。

② 北陸(富山・石川・福井)

日本海側では比較的知られた魚です。
冬場に水揚げが増えます。

  • 煮付け

  • 一夜干し

  • 唐揚げ

  • すり身加工

北陸では「深場の白身魚」として扱われ、
家庭料理の延長線上にあります。

③ 山陰(鳥取・島根)

底曳き網の混獲魚として水揚げされます。
一般流通は少ないですが、地元では利用されます。

  • 煮付け

  • 味噌煮

  • 小型個体の唐揚げ

山陰では派手な高級魚というより、
静かな地魚という立ち位置です。

④ 九州(長崎・鹿児島沖)

対馬海流域でも分布しますが、商業的主力魚ではありません。

一部では

  • 煮付け

  • 切り身のフライ

として消費されますが、
認知度は東北・北陸より低いです。

ギンザメの味の特徴をまとめると、ギンザメの身は

  • 水分多め

  • 繊維が細かい

  • クセは少ない

  • 脂は強くない

→ 刺身よりも加熱向き

特に

  • 煮付け

  • 唐揚げ

  • 味噌との相性

により向いているということが分かります。

▪️食としての新しい可能性

『深海魚は扱いにくい』

『サメはアンモニア臭がキツいので美味しくない』

といったイメージが先行し、

敬遠されがちなギンザメの食としての立ち位置ですが、

『身が繊細でクセがなく、

筋繊維が柔らかく、

旨み成分が蓄積しやすい』

といった特徴は

扱いにくいが、丁寧に扱えば旨い。

これからの食として大いに期待が持てる魚です。

① 発酵との組み合わせ

尿素分解を逆手に取り、

  • 麹漬け

  • 味噌漬け

  • 塩麹低温熟成

→ アンモニア臭を旨味へ転換

深海魚は水分が多いため発酵と相性が良いです。

② 高温短時間フライ

  • フィッシュ&チップス

  • スパイスフリット

  • 唐揚げ

揚げることで臭いは飛び、
繊維の柔らかさが際立ちます。

③ 低温コンフィ(新提案)

深海魚は脂が少ないため、

  • 低温油煮(コンフィ)

  • オイルポーチ

に向いています。

ほろりと崩れる食感を活かせます。

④ 出汁化

深海魚の骨は旨味が出やすい。

  • 白濁スープ

  • フュメ・ド・ポワソン

  • ラーメンスープ

新しい展開として可能性があります。

▪️ギンザメと人との関わり

文化的には、ギンザメはどこか異界の魚として語られます。
銀色の体、丸い目、長い尾。その姿は、現実の海でありながら、
どこか古い記憶の層に触れるような感覚を呼び起こします。
進化の古い枝を今に残す存在であり、
深い水圧の中でゆっくりと生き続けてきた歴史を体に刻んでいます。

光の届かぬ場所で、静かに餌を探し、
ゆっくりと卵を育み、淡々と循環の中に身を置く。
ギンザメは、表層の賑わいとは別のリズムで海を生きています。

その在り方は、もっとも素朴で根源的な欲求に忠実でありながら、
決して過剰に主張しません。


深く、暗く、しかし確かに息づく生命の衝動が、
銀の皮膚の奥で静かに脈打っているように見えるのです。

▪️終わりにーー人間の原欲と重ねて

人間の原欲とは、理屈よりも先に動く衝動です。

善悪や評価を経る前に、ただ生き延びようとする力。

飢えれば食べ、
危険を感じれば逃れ、
機会があれば増えようとする。

その働きは静かで、

しかし抗いがたく、

意識の深層で脈打っています。

人はしばしばそれを覆い隠し、

洗練や理性の衣をまといますが、

根の部分は海底のように暗く、確かです。

ギンザメは光の届かぬ水域で、

ゆっくりと餌を砕き、丈夫な卵鞘を残します。

過剰に飾らず、

誇示もせず、

ただ深みに適応して生きる。

その銀色の体は、

文明の表層からは遠い場所で、

生命の最初期に近い衝動を静かに抱えています。

原欲は騒がしく叫ぶものではなく、

深い水圧の中で淡々と続く

呼吸のようなものなのかもしれません。

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(参考文献・出典)

 
深海魚KAMBA