32. “群れの中の距離感” 斜に構える『ウマズラハギ』という存在
細長い顔つきと、どこか飄々とした目元。
海の中層をすいと横切るその姿は、カワハギに似ていながら、どこか別の気配をまとっています。
ウマズラハギです。
標準和名はそのまま「馬面剥(ウマヅラハギ)」と書き、馬のように前方へ突き出た顔立ちが名の由来とされています。
地域によっては単に「ウマヅラ」、あるいは「ナガハゲ」「トウハゲ」などとも呼ばれ、親しみと少しの揶揄を含んだ呼称が各地に残っています。
▪️カワハギよりも細長い
ウマズラハギはフグ目カワハギ科に属し、カワハギよりもやや沖合の水域まで広く分布します。
体は側扁し、皮膚はざらつき、第一背鰭の棘を立てて身を守る点も共通していますが、
顔はより細長く、口は小さく前向きにつきます。
遊泳力も比較的強く、岩礁帯から砂礫底、人工漁礁周辺まで、環境への適応幅が広い魚です。
▪️ウマズラハギの食性
食性は甲殻類や貝類、小型の底生生物を中心とする肉食寄りの雑食です。
硬い歯で殻を削り取り、器用に餌をついばみます。
一方で、大型魚やタコ、サメ類などに捕食される立場でもあり、海の中では決して強者ではありません。
外見のどこか抜けたような表情とは裏腹に、常に周囲の動きを警戒し、
素早く方向転換できる体構造を備えています。
▪️沖まで泳いで群れを作る泳力
繁殖期は初夏から夏にかけてで、沿岸の藻場や浅場で産卵します。
卵は浮遊性で、潮流に乗って分散し、稚魚は成長とともに群れを形成します。
カワハギよりも群れを作る傾向が強く、ときにまとまった数で回遊する姿が見られます。
単独で静かに佇むというより、状況に応じて集まり、また散っていく。距離の取り方は軽やかで、固定されません。
▪️掴めそうで掴めない、『エサ取り名人』
釣りの対象としては、船釣りで専門的に狙われることが多い魚です。
エサ取り名人として知られ、仕掛けを巧みにかわしながら餌だけを奪うこともあります。
そのため繊細な竿先の変化を読む技術が求められ、静かな集中が必要です。
群れに当たれば数が出ますが、気配が消えるとぱたりと反応が止まります。
掴めそうで掴めない、その距離感が釣り人を引きつけます。
▪️ウマズラハギの美味しい食べ方
食味は白身魚として上質で、刺身や煮付け、干物など幅広く利用されます。
ただしカワハギほど肝が発達しないため、市場評価はやや控えめとされることが多いです。
それでも新鮮な個体は淡泊な中に甘みがあり、特に冬場は身が締まって美味とされます。
山陰や北陸では一夜干しにして旨味を引き出し、九州では煮付けや味噌仕立てで食卓にのぼります。
派手な評価を受けることは少なくとも、確かな味わいを持つ魚です。
下記に、地域ごとの代表的な食べ方を少し紹介します。
1. 瀬戸内海沿岸(愛媛・広島・岡山〜兵庫)
瀬戸内海はウマズラハギの重要な漁場の一つで、
伊予灘や安芸灘、播磨灘などで定置網や桝網を用いた漁獲が伝統的に行われています。
内海の穏やかな潮流と栄養豊富な環境が、沿岸性のウマズラハギの資源を支えています。
瀬戸内の食べ方
刺身・肝醤油 : 鮮度良いものは薄造りの刺身にして、軽く湯通しした肝を醤油やポン酢で和える食べ方が人気です。
ちり鍋/鍋料理 : 淡泊な白身が昆布出汁や酒で煮ると甘みを帯び、肝を加えると濃厚さが増します。
唐揚げ・天ぷら : 三枚に下ろした身を片栗粉で揚げ、カラッとした食感で楽しむスタイルも定番です。
この地域は「瀬戸内の白身魚文化」として、軽やかさと品のある味わいが重視される傾向があります。
2. 丹後・若狭〜北陸海域(京都・福井・富山)
日本海側の丹後〜福井、富山湾でもウマズラハギはよく獲れます。
丹後では古くから「ながはぎ」と呼ばれ、産卵期前後の夏〜秋に沿岸でまとまって漁獲される記録があります。
富山湾でも大型個体が冬季(12月〜3月)に多く獲れ、水揚げ量のかなりを占めています。
丹後・北陸の食べ方
刺身(肝入り・肝ポン酢): 冬の良型は肝が大きく、肝ポン酢や肝和えで味わうのが地元でも好まれます。
煮付け/みそ汁 : 白身の淡泊さを活かした甘辛煮や、出汁の深い味噌汁が冬の定番。
干物 : 海辺の地域では水分を抜いた干物が好まれ、焼き上げて酒の肴にする文化もあります。
北陸・日本海側は、やや塩気や旨味を濃く出す食べ方が伝統的です。
ウマズラハギはカワハギと同じく肝が美味とされますが、
やや身が引き締まり、フグに近い食感とも言われることがあります。
旬は秋〜春にかけてで、特に肝が豊かな時期に美味とされます。
地域によっては「カワハギよりやや下に見られがち」な面もありますが、
鮮度を維持した処理や肝の扱いひとつで、とても深い味わいを引き出すことができます。
▪️ウマズラハギと人との関係
文化的には、ウマズラハギはどこか愛嬌と軽妙さをもって語られてきました。
顔立ちの特徴が笑いを誘うこともあり、親しみやすい存在として扱われます。
しかしその背後には、海の中で生き抜くための緻密な適応と、
環境に応じて立ち回るしたたかさがあります。
見た目の印象と実際の強さが必ずしも一致しない点に、
この魚の奥行きがあります。
硬い皮膚に守られた体、細長く前に出た顔、群れの中で軽やかに位置を変える動き。
どこか他者を一歩引いて眺めているような風情をまといながら、
実際には海の循環の中で着実に役割を果たしています。
外側の軽さと内側の確かさ。
その間に漂うわずかな含みが、ウマズラハギという魚を、
単なる外見以上の存在へと引き上げているのかもしれません。
▪️終わりにーー嘲笑という煩悩に重なるウマズラハギの生き方
嘲笑とは、他者を正面から否定するのではなく、
少し距離を取りながら上から眺める心の動きです。
熱を帯びた怒りではなく、
乾いた笑みのかたちで現れます。
その奥には、傷つきたくないという防御や、
自らの立場を確かめたいという不安が潜んでいます。
集団の中にいながら一歩引き、
斜めから状況を見渡す姿勢は、
どこか安全で、どこか冷たい。
ウマズラハギもまた、
群れに属しながら完全には溶け込まず、
軽やかに位置を変えます。
正面からぶつかるよりも、
状況を読み、
巧みに餌をさらい、
危険があれば素早く離れる。
その細長い横顔は、
海の中で常に少し斜めを向いているようにも見えます。
深く絡まず、
しかし無関心でもない。
その間合いの中に、
嘲笑という心の質感は
静かに重なっているのかもしれません。
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